医学のイデオロギーの変化

『日常的実践のポイエティーク』より

何年か掛けてミシェル ド セルトー『日常的実践のポイエティーク』を読んでいるのですが(まだ50%ちょっとぐらい……全然分からん……)、こんな一節がありました。

医学のイデオロギーはしだいに転換をみせはじめ、摘出の治療法(病気とはなにか余計なもの――余分ななにかあるいは過剰ななにか――であって、刺絡や下剤やらをもちいてそれを身体からとり除かねばならない)はおおむねすたれてゆき、かわって付加の治療法(病気とはなにかの欠如、欠損であって、薬品なり支柱なりを使ってそれを補わなければならない)が登場してくるようになる

摘出から付加に変わっているっていうのは面白いですね。

僕は腸が弱かったり薬を飲む機会もあまり無いので、健康のためには摘出、みたいなイメージをぼんやり持っていたことに気付きました。

近視や錯視で眼鏡を掛けたりコンタクトレンズはするので、そこは付加側ですね。摘出だとどうなるんだろう、レーシックとかそういう感じ? ちょっと違うか。

東洋医学だとどういうイデオロギーなんだろう、というのも気になる。